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Chapter 554



「―――はぁーーー……!」

開けた大穴の淵で、リオンが大きく吐いた息と共に倒れ込む。練りに練った策、重ねに重ねた仲間の力、リオンは想いをその小さな背中で一身に背負い、巨大過ぎる力を使い切った。これまで生きてきた中で、一番頭を酷使したんじゃないかと思うほどに集中した。その代償なのか、研ぎ澄ましていた筈の意識がプッツリと切れてしまい、体も全然いう事を聞いてくれない。もう指先1つ動かせない状態だった。

「クゥン……?(大丈夫……?)」

そんなリオンを心配してか、影からアレックスが飛び出して、彼女の頬をペロリと舐める。

「……あはは、くすぐったいよ~」

声を振り絞って、アレックスに精一杯の笑顔を向ける。本当であればアレックスの顔に手を添えたかったが、もうそんな元気は微塵もない。尤も、アレックスはそんなリオンの事情を察してくれたようで、ただ黙って傍に寄り添ってくれた。

「あらぁーん。仲睦まじいわねぇ」

「プリティアちゃん……? って、血塗れ!?」

ふと掛けられた声の方へと顔を向けると、そこにはリオンが無理にでも叫んでしまうほどの重傷を負った、ゴルディアーナの姿があった。ゴルディアによるオーラは既に解除されており、壁を背にして何とか立っていられる、そんな状態だ。全身タイツは大事なところを残し、他の箇所は全て吹き飛んでいる。だからこそ、その屈強なる肉体がどれほど傷付いているか、リオンは直ぐに理解する事ができた。

「ごめん。僕、手加減できなくて……」

「なぁ~に言ってるのよん。リオンちゃんの愛、私は確かに受け止めたわん。ちょっとばかし瀕死にはなっちゃったけれどぉ、数時間も寝て起きれば元気になるわぁ。だからぁ、安心なさぁい?」

「えへへ、そう言ってくれると助かるよ~……」

バチコンとウインクを飛ばすゴルディアーナは、極力平気そうに振舞っていた。無理をしている事は明白であったが、リオンはこの気遣いを素直に受け入れる。

(あ、そう言えばクロトの保管に、回復薬があったっけな。プリティアちゃんに渡さないと……)

そう思い浮かんだリオンは、逸早くアレックスに伝えて薬を取ってもらう為、念話を飛ばそうとする。しかし、飛ばそうとした念話は止められてしまった。

「嘘、でしょ?」

「嘘じゃ、ない……」

何気なく知ってしまったその情報に、リオンは目を疑う。チラリと視界の端に映ったのは、左腕を失い、土手っ腹に大穴を開けた舞桜の姿だったのだ。彼のウィルで形成していた全身鎧は全てが剥がれ落ち、大剣の方のウィルも手にはない。いや、こちらに関しては失ったというよりは、手向けに置いて来たというべきか。彼の背後にはシルヴィアとエマが倒れており、それぞれに大剣が突き刺さっていた。

「シルヴィー、えっちゃん……!」

ここからでは2人の容態がよく見えない。立ち上がって戦って、助けないと。そう強く念じても、リオンの体は疾うに限界に達していた。ゆっくりと歩みを進める舞桜に対し、アレックスが遮るように立ち塞がるも、通常の攻撃が通じない舞桜に勝てる見込みは殆どない。

なけなしの精神をフル稼働させて、ゴルディアーナと協力して戦う案を考える。だが、ゴルディアーナは気絶してしまったのか、壁に寄り掛かって俯いたままだった。やはり、さっきまで相当の無理をしていたようだ。

「さっき、のはっ、本気、でぇ…… 死、ぬと、思った。神の、生命力…… 俺もっ、侮ってぇ、いた、よ……!」

舞桜の声は最早途切れ途切れで、今にも枯れてしまいそうなものだった。普通の体であれば、絶対に死んでいる状態だ。だがしかし、舞桜はそんな体で立ち上がり、あまつさえ戦いを再開させている。彼の命を未だに保っている肉体も馬鹿げているが、それを成そうとする信念も化け物染みていた。

「おいおい、選定者。不意打ちは頂けないな~」

「セル、ジュ……!」

いつの間にそこにいたのか、アレックスの横にはセルジュが立っていた。舞桜の光を無効化する鎧がなくなったからか、魔剣カラドボルグはアレックスに口に返してやり、代わりにその手には聖剣ウィルを握っている。

「狼君、リオンちゃんを任せたよ。ちょっとばかし、あの死に損ないに止めを刺してくるからさ」

「ふ、ふふ…… 無理、だ。如何に君と、言えども…… 俺に、攻、撃は、通じな、い……」

「いやー、選定者は詰んでるよ。だって、背後からせっちゃんが近付いても、全然気づかないんだもん」

「っ!?」

舞桜が背後に振り返る。確かに、そこには何らかの気配があった。シルヴィアのものではなく、エマのものでもない。同じ勇者だから分かる、同族の気配が。

「ほら、詰んでた。こんなブラフにも引っ掛かるなんてさ」

ドッと、迫っていた何かを片腕で掴み取る。触れた指に感じる鋭い痛み。掴み取っていたのは長剣。セルジュが持ったいたウィルと全く同じものが、そこにはあった。

「―――抜刀・鷲喰(わしくい)」

舞桜がセルジュの剣を認識したのとほぼ同時に、頭上より舞い降りた刹那が抜刀。舞桜がそれを理解した時には、もう彼女の刀は鞘に収まっていた。だからこそ、もう遅い。

「斬鉄権の行使を完了、これでさよならです」

「ああ、そうだねぇ。選定者、長年のお勤め、お疲れさんだ。今はただ、安らかに逝くと良いよ」

「う、わぁ…… 変な負け、方、しちゃった、なぁ……」

刹那が放ったのは虎狼流の最終奥義、鷲喰(わしくい)。一太刀を放つ間に自身の全方位、全射程同時に幾百幾千の斬撃を放つ神速の刀だ。気配を消したまま天歩で宙にて息を潜め、タイミングを見計らって成されたこの抜刀術を、舞桜は無防備にもその身に刻んでしまう。微塵切りと称するには生温い。それこそ一欠けらが極小過ぎて、体内から出でる鮮血に呑まれてしまうほど。次の瞬間、舞桜の体は赤い液体となって飛び散った。

「神の力を得た選定者も、こうなったら流石に死んじゃうか。一応私からも言っておくよ、お疲れ様。 ……って事で、私達もおっつかれぇ! せっちゃん! 私が複製したウィルまで巻き込んでくれちゃって~、このこの! でも、頗る完璧だったぜ!」

「そこまで頭を回す余裕がなかったんですよ、肘でぐりぐりしないでください…… って、それよりも回復! エマさんとシルヴィアさんを回復してあげてくださいっ! 死んじゃいますよっ!」

「ああ、そうだったそうだった。ま、大丈夫だよ。選定者、ハッピーエンド以外は認めないタイプだったみたいだし、命までは取ってないと思うよ?」

「それでも、ですっ!」

刹那に促されて、渋々といった様子で2人の治療に向かうセルジュ。彼女の言う通り2人には息があり、正しく治療を施せば回復は見込めるようだ。その間に刹那はリオンとゴルディアーナの下に向かい、支給されていたメル印の回復薬を使用する。

「せっちゃん…… 最後の最後に任せちゃって、本当にごめん……」

「何言ってるの。リオンちゃんは立派にやり遂げたし、リオンちゃんの頑張りがあってこその戦いだったんだから、ちゃんと胸(・)を張って!」

「うー、その言葉は厳禁だよー……」

「へ?」

応急処置が施される最中、リオンは深刻な精神ダメージをなぜか食らっていた。ポカンとする刹那に、アレックスがお手の要領で肩を叩く。

「ウォン……(そっとしておいてあげて……)」

何はともあれ、これで神の使徒の残党は全滅。諸悪の根源であるクロメルと、彼女との因縁を持つケルヴィンの戦いが残されるのみとなった。


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